直島の地中美術館で、ウォルター・デ・マリアの作品「Time/Timeless/Notime」を見てから、

あの黒い丸い石の周りに配置された金の棒の並びの意味を知りたくて知りたくて、

ずっと考えていました。

参照: 地中美術館HP https://benesse-artsite.jp/art/chichu.html

金棒の並びの法則

なんで3本ずつ並んでいるのか?

その棒もそれぞれ三角、四角、五角になっていて、いろんなパターンの組み合わせで並んでいる。その意味は?

どんな法則で並んでるのか?

ここまで並べてパターン化して、置いているのには何か意図があるはず、、、

というわけで直島ウォルター・デ・マリア作品、金棒の並びの意味に迫ってみました。

直島から帰ってからずっと気がかりで、ふと思い返して、調べたりしたのですがなかなか答えに辿り着く情報には出会えず。。。

369の法則

それから日常に戻って少し直島旅行を忘れた頃に何気なく、YouTubeにふとおすすめに出てきた動画。

ん?

『3 6 9の法則』

気になる。

昔、科学者ニコラ・テスラという
エジソンが嫉妬したくらいの天才がいたのですが、その人が見つけた法則です。

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参照:Wikipedia

数字は、自然界から「発見」したもので世の中のどこにでも当てはめることが可能。

そして、全ての自然の法則はこの3、6、9でできているというのがこのニコラ・テスラの369の法則。

説明するのがとても難しいので
もし興味がある方はこちらの動画がわかりやすかったので参照してください↓

全て3で割れる

その法則からいくと、、、全部3で割れる

このYouTubeを見た後、なんか関係してるような気がするなーとなんだろう。

お皿を洗いながら、ふと。

あれ、

ウォルター・デ・マリアも3で割れるじゃん。

まず、三角形、四角形、五角形、それぞれ3つずつ並んでいる時点で基本的に3で割れる。

そして三角の全部の辺を合わせると9で3で割れる。

四角が3つ並んでるのも全部の辺をあわせると12で3で割れる。

五角も3つ並べると全部の辺が15で3で割れる。

その球体を囲むように金の棒が3本ずつセットに並んだものが9パターン 計27本

27本の27も3で割れる。

自然の法則

私の勝手な考察によると、

ウォルター・デ・マリアはただ単に金の棒を配置したのではなく自然の法則に基づいて配置したのではないかと、、、

彼は作品については言及しないというスタンスをとっているそうですが、

どう考えても自然や宇宙に対するリスペクトを感じずにはいられないヒントの数々。

何のためにこの神聖な宮殿のようなアートを作ったのか?

祈りの場所や自然につながる神社や教会に入ったような空気感を持つ作品を思うと、

自然の法則を使ってその場をアート作品として、直島の自然と融合し、神聖な場所に仕立て上げたのかもしれません。

ちなみに、ウォルター・デ・マリアはこの作品をこの地中美術館に置くに当たり建築家の安藤忠雄さんに空間のサイズをリクエストしたそうです。

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地中美術館上空より参照: 地中美術館HP https://benesse-artsite.jp/art/chichu.html

全て意図されて作られているとおもうと
見た瞬間に感じた何だかよくわからないけど凄いと圧倒されてしまった感覚は、本物だったのかもしれません。

モネとマリアの共通点

そして帰ってきてから、直島の本を読んだところウォルター・デ・マリアについての文献があり、これまた面白い考察がでてきたのでご紹介します

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参照: 直島 瀬戸内アートの楽園 https://amzn.asia/d/dlfLDpZウォルター・デ・マリアは永遠性、つまり永遠の空間を作り上げるということをテーマとしてきました。

最晩年のモネのテーマに近い概念でアプローチの仕方が似ています。

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参照: 地中美術館HP https://benesse-artsite.jp/art/chichu.html

場面と時間が連続していくことに可能性を感じ、連続した時間なり空間鳴りが途切れることなく続いていく世界。

モネは時と空間の変化を背後で支えている法則、このようなものをなんとか形にしたいと考え、睡蓮を描いていました。

また、ウォルター・デ・マリアも同じように自然との対応関係の中で作品を作ってきた人です。

ですがウォルター・デ・マリア室には、一切『自然』の造形物が存在していない。

作品以外にある自然は光のみ。

光以外のあらゆるものは人間の意識によって作り出されたもの。

人間が作ったものと自然との関係をもう一度考えさせてくれる部分があります。

アートと自然と人間

自然と文明の対立。

文明は自然を壊し、人間をも壊しているように見られがちですが、本来人間は文明を持っているから自然の中でも生きてきました。

最初、人間が作り上げたものは自然の中では存在し得なかった。

彼の作品は幾何学的で分かりにくいかもしれないけど、

徹底的に人工的であるところに、全ての自然の法則はこの3、6、9でできているというこの369の法則を入れ込むことで、

自然の豊かさや広がりををより強調してアートとして見せてくれていると言ってもいいのかもしれません。

地中美術館を建築した安藤忠雄が目指した
アートと自然と人間が、直接ぶつかり合い、刺激し合えるような、より高い高次元の『可能性の場』の創出がまさにこの表現なのかもしれません。

以上。

本を参考にさせてもらってのかなりマニアックな考察ですが、、、

こんな考え方もあって面白いなーくらいで新たなアートの見方を楽しんでもらえたら幸いです

みなさんはこのウォルター・デ・マリアの作品についてどう思いますか?

同じ作品を見ても感じるものは十人十色

見た瞬間の感覚はあなただけのものです

なにか感じたもの、わかったことがあれば教えてください〜

そしてまたたくさんのアートに触れ、感じる時間を楽しんでみてください。

それではまたー!